1) 「材料の変形と強化機構の基礎」加藤 雅治 今回の白石記念講座では,それぞれの分野の第一線の研究者による講義で,さまざまな材料の変形機構と強化機構について学ぶ.本講では,それらの講義で紹介される材料の力学特性の理解の一助となるべく,まずは金属材料の塑性変形で最も一般的な転位の運動によって生じるすべり変形を対象とし,転位の運動とそれを阻止する障害物による強化機構について,既存の知識を概観して整理する.その後,時間があれば,すべり転位の運動以外のいくつかの塑性変形機構についても触れてみたい.
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2) 「低ヤング率高強度生体用チタン合金」新家 光雄 骨機能の再建に用いられるインプラントでは,骨吸収の抑制および骨の良好なリモデリングを促進するためにインプラントと骨との応力伝達の不均一(応力遮蔽)を防ぐことが求められている.このためには,インプラント構造材料および骨のヤング率が類似であることが有効であるとされている.主たるインプラント構造材料の中では,チタン合金のヤング率が最も低く,上記観点からは有利であるが,骨のそれと比較すると依然として高く,さらにそのヤング率を低下させることが望まれている.このため,チタン合金の中でもヤング率をより低くできるβ型チタン合金が生体用に開発されるようになっている.しかし,β型チタン合金で最も低いヤング率が得られるのは,β相単相の場合で,その場合一般には強度が十分とは言えない.したがって,低ヤング率を保ったままで高強度化することが必要となる.さらに,最近では,患者側に有利であるインプラント全体が低ヤング率で,外科医側に有利である曲げ形状を保つために曲げた部分のみが高弾性率となることが望まれている.そこで,本講演では,著者らが開発した生体用低ヤング率β型チタン合金を中心に,低ヤング率を保ったままでの高強度化,さらにはヤング率自己調整機能性生体用β型チタン合金につき述べる.
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3) 「合金設計によるNi基超合金の開発 ~整合界面導入効果を利用した耐用温度向上~」原田 広史 ジェットエンジンや発電ガスタービンの高温タービン翼には,Ni基超合金が精密鋳造部材として用いられている.この合金は,γ相(fcc構造のNi固溶体相)とγ’相(Ni3Al型L12規則相)の整合組織で形成されており,整合界面の存在が高温強度発現の大きな要因となっている.高温でのこれら2つの相の量比,組成,格子定数ミスフィットなどのミクロ組織因子やクリープ強度などを予測する合金設計法を開発し合金開発に適用してきた.これまでに,γ/γ’界面転位網の微細化などにより,クリープ耐用温度1120℃(応力137MPa,破断時間1000h)の単結晶超合金などを開発し,高効率中型機のジェットエンジンタービン翼として実用化した.超合金を鍛造成形して作られるタービンディスク材の設計開発状況についても併せてご紹介したい.
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4) 「超微細粒強化と時効析出強化の並立による新規アルミニウム合金展伸材の開発」廣澤 渉一 時効硬化型アルミニウム合金展伸材の強化機構としては,析出強化,転位強化,結晶粒微細化強化などが挙げられ,これらを適切に組み合わせることで従来の性質を大きく上回る高強度,高延性を有する材料の創製が望まれている.しかしながら,加工による転位強化や結晶粒微細化強化と析出強化を組み合わせようとすると,時効処理による強度増加量,すなわち時効硬化能は加工度の増加とともに減少してしまうことが多い.本講演では,巨大ひずみ加工と時効析出強化の並立によって各種アルミニウム合金を「成功裏に」を高強度化した事例を紹介し,超微細粒時効硬化型合金に特有な3つの方策(①時効温度の低温化,②マイクロアロイング,③スピノーダル分解の利用)を提示する.
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5) 「高強度・高耐熱・難燃マグネシウム合金 ~LPSO構造のキンク変形による強化機構~」河村 能人 省エネルギーやCO2排出抑制には,自動車や航空機などの輸送機器の軽量化が不可欠である.実用金属で最も軽量であるマグネシウムが注目されているが,既存のマグネシウム合金は強度や耐熱性や発火温度が低いために普及が進んでいない.我が国において,高強度・高耐熱・難燃性を持つ新しいマグネシウム合金が開発された.開発された合金は,構造変調と濃度変調が同期した長周期積層(LPSO: Long Period Stacking Order)構造相とα-Mg相で構成されており,このLPSO構造相がキンク変形することによって強化されるという特徴を持つことから,LPSO型マグネシウム合金と呼ばれている.本講座では,LPSO構造相のキンク変形挙動とキンク強化機構,ならびにLPSO型マグネシウム合金の特徴と今後の展開について概説する.
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6) 「セラミック材料の変形メカニズム ~粒界すべりと転位運動~」幾原 雄一 セラミック材料の塑性変形挙動はその粒界の構造と密接に関係している.たとえば高温では粒界すべりが主な変形機構として働く一方,転位が活動する場合は,粒界と転位の相互作用が重要となる.粒界すべりは粒界性格(粒界の相対方位,面方位)によって異なる挙動を示すことが知られている.しかし,粒界性格―粒界構造―粒界すべりの相関性に関しては未だ不明な点が多い.一方,粒界と転位の相互作用も粒界性格に大きく依存すると考えられている.粒界性格あるいはその構造を制御して,材料の力学的特性を向上させるためには,これら粒界構造と塑性変形の相関性を明らかにする必要がある.このような観点から本研究では,粒界性格―粒界すべりの相関性,粒界―転位の相互作用の素過程を明らかにすることを目的とした.
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7) 「非晶性材料の塑性の物理」渋谷 陽二 塑性力学の発展は結晶性材料を対象にしたものである.特に,結晶粒界と転位といった欠陥間相互作用はこれまで強度向上のための強化機構を生み出してきた一方,トレードオフの関係にある延性・強度・破壊靱性の三位一体の制御が現在強く求められている.内部構造に関する階層性が著しく少ない非晶性材料の塑性力学は,結晶性材料の歴史に比べるといま始まったところと言える.本講では,原子論的観点からの階層構造とその変形機構との関連についてまず述べる.Zr基の金属ガラスを対象に,自由体積のゆらぎを産み出す20面体構造の短距離秩序構造や,それらが貫入した中距離秩序構造と力学的特性の関連性について述べる.そして,密度のゆらぎを持つ連続体的観点から,その構成則の考え方そしてせん断帯の予測について概説する.
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8) 「変形現象を包括的に理解する上位概念としてのプラストン(変形子) 〜高強度と大延性の両立あるいは難変形材料の延性化に向けた新概念〜」辻 伸泰 構造用金属材料には更なる高強度化が求められ続けているが,そこで問題となるのが延性・靭性および加工性の確保である.従来,金属材料の強度は転位論を理論的支柱として理解されてきた.一方,材料の延性を設計するための理論は未だ獲得されていない.また,周期的結晶構造を持たないアモルファス・金属の剪断帯による塑性変形,六方晶やより複雑な結晶系の双晶変形,マルテンサイト変態など,転位では説明のできない塑性現象も数多く存在する.こうした背景のもと,京都大学を中心に実施している構造材料元素戦略研究拠点では,プラストン(plaston:変形子)という新しい概念を提唱し,材料の塑性変形を包括的に理解するための基礎研究活動を行なっている.本講演ではプラストンの概念を紹介するとともに,粒界からのプラストン核生成が塑性変形の開始を律速していると考えられるバルクナノメタル(平均粒径1〜2μm以下の超微細粒多結晶金属材料)を題材に,プラストン概念の可能性と課題を率直に議論したい.
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