第59回白石記念講座「企業における技術・技能伝承」
[講演概要] 1)【基調講演】企業における技能伝承戦略 (三菱総研・中村肇) はじめに、技能伝承を中心にしたものづくり人材の育成を巡る最近の社会の状況や国の動き等について概観すると共に、我が国ものづくり産業における熟練技能伝承の必要性・意義について再確認する。次いで、技能者育成・熟練技能の伝承のために取られている方策について注目される事例を紹介すると共に、技能者のタイプ分けとそれぞれに適した手法について触れる。さらに、技能伝承問題には小手先の対応だけでなく経営問題として取り組むべき必要があることと、そのため技能伝承戦略の立案と戦略的進め方について、述べる。また、我が国の製造業のこれからの方向性を踏まえた時に今後育てていくべきものづくり人材の姿として『考える技能者』を提示し、そのため育成のためのポイントを示す。これらを踏まえて最後に、これからの時代の技能伝承の考え方として、『技脳伝進』(「技」だけでなく「脳」も含めて、「伝える」だけなく「進化させる」)を提案する。2)「酒造り」における技術革新と技術伝承 (月桂冠・秦洋二) 清酒醸造とは、酵母と麹菌という2種類の微生物を巧みに操りながら、アルコールが20%にまで達するお酒を造る技術であり、長年の試行錯誤の末に完成した貴重な技術資産である。これら清酒醸造技術は、杜氏と呼ばれる職人集団の長によって、代々経験的に継承されてきた。そして近年酒造りの仕組みを科学的に解明することにより、経験的な技術伝承から科学的根拠を伴う技術の体系化が可能となった。さらに単なる技術伝承を超えた新しい技術改革も行われるようになり、清酒醸造技術は大きく進歩した。しかし、「酒」の品質を決めるのは「美味しさ」であり、完全にマニュアル化された酒造りは不可能である。ここでは清酒醸造における技術伝承の歴史を紹介しながら、いまだに課題となっている「美味しいお酒」を造る技術の伝承の難しさを紹介したい。3)伝統技能伝承(たたらと技能伝承)-日刀保たたらにおける後継者育成- (刀剣協会・黒滝哲哉) たたら製鉄-粘土で作った炉に木炭と砂鉄を30分ごとに装入し、この作業を3昼夜行い、鉄(玉鋼)を生産する日本古来の製鉄方法-このたたら製鉄は今現在でも奥出雲の山中で行われている。このたたらは財団法人日本美術刀剣保存協会によって昭和52年(1977)復活がなされ、「日刀保たたら」と命名された。復活と同時に文化財保護法第83条7に規定される「選定保存技術」に認定され、以来30年間、その火を守り続けている。本報告は、「日刀保たたら」の運営を通じて、後継者育成と日本刀製作のための玉鋼生産に日々取り組む立場から、その過程で得られた後継者育成の方法と問題点などを縷々述べ、伝統技能の継承とその方法論の発展に、わずかなりとも貢献することを目指すものである。4)【基調講演】製造業における技術伝承システム (技術技能研・森和夫) 暗黙知を含む知識・技術・技能の伝承については困難さが伴う。しかし、それらは方法さえ確かなものであれば、取り組み次第で確実に成果を生み出すものである。技術・技能伝承は多くの場合、組織的・体系的に展開することで成果に早く到達できる。これまで技術・技能伝承で成功した企業はどのような特性を備えているかを検討すると、そこには典型的なスタイルが見いだせる。これをもとに技術・技能伝承システムを提案したい。これは製造業における技術伝承システムとして機能するばかりか、人材育成の基本的なシステムとしても十分に機能できる。このシステムを構成するコンポーネント・ツールが優れたものであればあるほど質的な充実に貢献する。これらのツールについても実例と共に紹介する。5)鉄鋼業における技術伝承・人材育成へのシステム分野からの提案 (名工大・藤本英雄) 「鉄鋼業における業務革新・創成のためのナレッジマネジメント」研究会では、鉄鋼業の材料設計・製造仕様付与業務、生産計画業務、設備診断・保全業務など多岐に渡る業務における<技術伝承と人材育成>に焦点をあて、<技術伝承と人材育成>のための教育に必要な共通の基盤技術(システム技術)を調査・整理し、今後の日本鉄鋼業の人材造りにおける革新的なシステム分野からの提言を行うことを目的として研究活動を推進している。他業種での技術伝承・人材育成に関する課題と取り組み例の調査と、技術伝承・人材育成のために必要な各種システム技術・手法の適用可能性を仕組み自体の再検討、熟練者層の技の解明、そして道具(計算機等)を準備し技自体のレベルアップ等の評価方法の検討を行った結果について報告する。6)鉄鋼製造所における技術伝承Ⅰ~JFEスチール 人材育成への取組み~ (JFE・松井功夫) 鉄鋼製造に携わる社員の高齢化に伴い、その技術伝承が急務となっており、今後の大量退職に備えて製造現場で技術を抜けなく効率的に伝承するためには、人材育成の仕組み作りが不可欠である。JFEスチール(株)では伝承すべき技術の洗出し、現状の評価、および教育計画の立案と実行など近年この取り組みに注力している。本講では、これらを円滑に進めるための仕組み作りについて述べるとともに、標準化が比較的難しい設備保全業務における取り組みの一端を紹介する。7)鉄鋼製造所における技術伝承Ⅱ~新日本製鐵 ITを活用した操業支援~ (新日鐵・山下英隆) 新日本製鐵㈱では顧客満足度向上、高品質製品の安定供給、設備安定稼働を支える工場向けソリューションとして、IT技術を活用したユビキタス操業支援を提唱中で、①操業ナビゲーションシステム、②操業解析支援システム、③モバイルIT支援システムの実現をコンセプトに掲げ開発を推進してきた。本開発の狙いは製造業が抱える少数化、複合化、若年化という課題に対し、まずは操業の最前線に的を絞りこれまでにない支援システムを構築し情報力によってPDCAを回すことを主眼としてきたが、今後は情報収集の迅速化、共有化という利点を活かし技術・技能の伝承の支援に取り組みたい。8)【パネル討論会】鉄鋼業における技術・技能伝承のボトルネックと方策 (パネリスト:中村肇(三菱総研)、森和夫(技術技能研)、藤本英雄(名工大)、松井功夫(JFE)、山下英隆(新日鐵)) |