第181回西山記念技術講座「鉄鋼材料の組織と材質予測技術」
[講演概要] 1)鉄鋼材料の熱力学量・相平衡の評価と予測 (東北大・石田清仁、大沼郁雄) 鉄鋼材料としての機能を付与するための材料設計とミクロ・ナノ組織制御には、材料の研究・開発において「地図」としての役割を果たす状態図が不可欠である。Gibbsの相平衡論に端を発する状態図の熱力学は、近年の計算機ハードウェアの急速な進歩を背景に、多数の実用計算ソフトウェアとして結実し、材料開発に積極的に活用されている。本講演では、熱力学データベースの評価と応用を基軸として、マイクロアロイング鋼、鋼中介在物の形態制御、相分離を利用した組織制御、磁性材料と規則合金の相平衡など、各種鉄鋼材料の計算機支援研究・開発について解説する。2)鉄鋼材料の相変態と析出のシミュレーション (茨城大・榎本正人) 近年のコンピューターのハードウェアの進歩は目を見張るものがあり、材料設計に関わるソフト開発も日進月歩の感がある。この講演では、低合金鋼のフェライト変態における合金元素の効果(ソリュートドラッグ効果)とナノ析出シミュレーションについて最近の研究動向を紹介する。前者については、数年前からHillertらを世話人とする国際的な研究フォーラムが形成され、毎年開催されるワークショップでの議論を通じて、かなりの進展がみられた。後者においては、ナノ領域における組織形成と制御に関する、シミュレーションを中心とした研究動向を紹介する。3)Phase-Field法に基づく組織形成過程の計算機シミュレーション (物材機構・小山敏幸) ナノおよびメゾスケールに見られる相変態・組織形成は非常に多種多様であり、このスケールにおける組織形成を総合的に取り扱えるような計算手法が待望されている。これに対して近年、ナノおよびメゾスケールにおける相変態・組織形成の、連続体モデルに基づく総合的なシミュレーション手法として、「Phase-Field法」と呼ばれる方法が、材料科学・工学の様々な分野を横断的に広がり始めている。本講演では、Phase-Field法の計算原理の基礎、具体的な計算手順、ならびにいくつかの代表的な適用例について紹介するとともに、本手法を利用した材料組織設計の展望についても説明する。4)微視組織から材質予測へ:計算力学アプローチ (北見工大・大橋鉄也) 連続体力学を基礎にした有限要素法-結晶塑性解析の手法により、材料の微視組織に生ずるすべり変形を解析することができる。本稿ではすべり変形の進行を数値的に追跡し、すべり変形にともなう転位の運動と蓄積をいくつかのモデルによって評価することによって材料の性質を予測する手法と、その応用例について解説する。この手法により変形の不均一性、微視組織中に形成される転位群の構造(転位の粒界堆積や転位壁形成、析出物からの転位ループの放出など)を「観察」することができる。転位の情報を用いて巨視的な変形曲線とその結晶粒径依存性を計算した結果などについても述べる。5)鉄鋼材料の組織材質予測制御技術の現状と展望 (新日鐵・瀬沼武秀) 鉄鋼材料の材質予測制御技術は1980年代から1990年代の前半に活発に開発され、大きな発展が見られた。しかし、精度ならびに適用範囲の観点で問題が残り、実用化の面では必ずしも十分に期待に応えているとはいえない。その後、材料の組織と特性部会では再結晶・集合組織研究会ならびに析出制御メタラジー研究会を発足し、組織制御の基盤を充実させた。これらの知見を含め、材質予測制御技術は新たな展開を迎えようとしている。本講演では1990年前半までに確立された材質制御技術を概説し、その後、現在に至るまでの発展を熱延工程のみならず、冷延鋼板の組織材質予測についても紹介する。また、21世紀のIT社会における組織材質予測制御技術の将来像についても展望する。6)ニューラルネットワークの材質予測への適用 (阪大・藤井英俊) ニューラルネットワークは非線形関数の組み合わせで構成され、原理的にはあらゆる複雑な関数に対して、ある誤差の範囲でフィッティングすることが可能である。したがって、多くのパラメータが複雑に相関しあう現象にこれを適用すると、その能力を発揮する。例えば、溶接現象は急速な昇温、冷却過程であらゆる冶金現象(溶融、スラグ/メタル反応、凝固、固相変態、析出等)を経験する複雑かつ動的な現象であり、ニューラルネットワークの有望な対象となる。また、ベイス推定を組み合わせることにより、エラーバーを算出することができ、材質予測への適用が可能となった。鋼溶接金属の強度・靭性・硬度やNi基超合金のクリープ、疲労強度の予測への適用例を紹介する。7)材質予測の今後の展望 (早大・齊藤良行) フェーズ・フィールド法、モンテカルロ法など組織予測のための共通の計算手法が確立されつつあり、またデータベースの整備も進み材質予測技術は新しい段階を迎えつつある。しかしながら、スケールの異なる現象を同時に取り扱う必要がある鉄鋼材料の材質予測を完成させるためには解決すべき問題が数多くある。本講演ではモンテカルロ法に代表される離散型モデルとフェーズ・フィールド法などの連続体モデルとの関係など、マルチスケールモデルの基礎を取り扱うとともに組織形成過程を記述する偏微分方程式の解の性質に関する数理科学的なアプローチや組織形成とカオスにも触れ、材質予測技術の今後の発展の方向を探る。 |