活躍する女性研究者・技術者-6 「ワンダフル・ライフ」
大出 真知子 Machiko Ode 独立行政法人 物質・材料研究機構 計算科学センター 主任研究員 1 はじめに 私は、茨城県つくば市にある独立行政法人、物質・材料研究機構(NIMS)、計算科学センターにて材料ミクロ組織の予測に関する研究に従事しています。 東京大学大学院工学系研究科金属工学専攻博士課程を2002年の3月に修了いたしました。研究者としてはまだまだ若輩者。さらに、女性が仕事を続ける上での最大問題:育児経験がありません。このようなコーナーに寄稿するのは正直、気が引けるのですが、研究(就業)・生活環境は刻々と変化しており、現在、研究職を目指している女性達と年齢が近い分、何らかの助けになる事もあるかと思い、筆をとりました。 言うまでもないかも知れませんが、理工系学生のキャリアパスとして、学士・修士卒で民間企業の技術職・研究職に就く事と、博士卒で大学教員、公的研究所 の研究職(両者はまとめてAcademic Post(アカデミックポスト/アカポス)と呼ばれています)を目指す事は、大きな違いがあります。筆者は後者である事に留意して、お読みいただきたいと 思います。 2 博士課程への道のり 私が科学に興味を持ったきっかけは、小学生時代に親が買ってくれていた、学習研究社の雑誌「科学」の付録教材でした。その後、中学から女子校に進学したせいか、「理系といえば男の子」というイメージがなく、自分の興味に従って何となく工学部に進学しました。学部学生時代、自宅近所の民間会社の研究所で実験補助のアルバイトをしていました。そこでの研究補助の経験が面白かった事、また勤務先のグループリーダーから「君は研究者向きだねぇ。」と言われ、すっかりその気になって大学院へ進学。「豚もおだてりゃ木に登る」という感じです。 民間企業の研究所へ就職希望であれば、修士卒で十分なのになぜ博士課程まで進学したのか? アカデミック志向? と思われるかもしれません。実は進学の意志はなく、修士2年生の春には希望の会社から内定を頂く事も叶いました。しかし、私の研究テーマが稀に見る「良い」テーマであり、こんなチャンスは滅多にない…と説かれ、うっかり清水の舞台から足を滑らせるように、博士課程に進学してしまいました。 少し話は逸れますが、現在も行っている、その研究テーマは、Phase-field法による材料ミクロ組織シミュレーションです。近年、Phase-field法は広く知られ、パッケージソフトも発売されています。しかし、私が進学した頃には、世界でも数名の研究者しか携わっていませんでした。そのような状況の中で研究に参加し、手法の理論的飛躍やその背景などを、リアルタイムに見聞きする事ができました。ある研究分野が立ち上がる、その黎明期に研究 に携わるチャンスはどれほどあるでしょうか? 少し大げさですが「その時、時代が動いた。」のを、この手で感じる事ができました。とても刺激的で幸せな経験だった思います。 3 就職までの道のり 博士課程の最終年度、平成不況は益々深刻で民間企業は新卒採用に消極的。特に博士課程卒業の女子は全く歓迎されない状況でした。一方、男女共同参画社会基本法によって、アカポスへの女性採用の機運が高まっており、そちらの方が就職できる可能性が高いように思われました。しかし、アカポスへの就職もいわゆるポスドク問題(博士研究員の供給過剰)が発生していたため、見通しは悪く、「うっかり」博士課程に進まなければよかった…と悩む事に。 そんな時、先輩から「就職先がなければ自分で作ってしまえばいいのよ(≒会社を興せば良い)」、と言われました。私は「どこかに雇ってもらいたいのに」と咄嗟に思いました。要するに、誰かに寄りかかっていれば安心、と考えていた事を自覚したのです。自分で道を切り開いていく事に恐れや孤独を感じていては、研究職など務まらない。不本意な境遇の理由を、経済不況や男女差別など「環境」に見出してしまうと、自分以外の何かを責めるだけの人生になる。そう考えポスドク生活に邁進する事にしました。卒業後は、日本学術振興会、特別研究員(PD)を1年間、そして、物質・材料研究機構、若手任期付職員を3年間経験した後、1年半前に現職に定年制職員として再雇用されました。また、再雇用の内定を受け取った頃から結婚準備を本格的に始め結婚しました。 現在、ポスドク問題解消のため、博士研究員のキャリアパスの多様化について検討されています。私がアカポスへのチャレンジとともに就職を検討していたのは、技術移転機関(TLO)、科学技術計算を行う部門を持つ民間企業、弁理士事務所、起業(保育士の姉と共同による託児所設立)などです。いわゆる「任期のある研究職」を2期間(30代前半まで)務めても定年制職に就く目処が立たなかったら、本格的にキャリアチェンジをするつもりでした。研究者志望にしては諦めが良すぎる、とお叱りを受けるかもしれません。しかし、私は独身時代に仕事に集中し、定職を得た後に結婚しようと思っていたのです。結婚は二の次で研究職を続ける女性も居ますし、学生/ポスドク時代に結婚(出産)し、細く&長く、研究を続ける人も居られます、これは、「女性」研究者の個人の価値観に依存する事でしょう。 4 職場環境 NIMSの職場環境を女性の視点から紹介したいと思います。研究職の勤務体系には裁量労働制が導入されております。仕事は勤務時間に無関係に業績で評価されますので、妊娠・育児・介護などで、毎日8時間の労働が難しい場合、柔軟な勤務時間調整が可能な環境です。 また、男女共同参画社会推進のため、結婚後も旧姓で研究活動を続ける事が認められています。研究者にとって、論文に記載される氏名がM.Ode/M.Yamasaki/M.Ode-Yamasaki/M.Yamasaki-Odeなのか問題になる事があります。少なくともWeb of Science社の検索システムを用いると、Odeをキーワードに検索して、サーチ結果に並ぶのは、M.OdeとM.Ode-Yamasakiのみで、M.Yamasakiは当然としてM.Yamasaki-Odeも、サーチ結果にかかりません。私は、国際会議の参加者名の部分だけは、クレジットカードで支払いをする関係からM.Ode-Yamasakiと記入しますが、それ以外はすべて旧姓(M.Ode)のまま活動しています。ちなみに、パスポートは昨年度から発行の基準が大幅に見直され、旧姓併記のものが簡単に取れるようになっています。さらに、NIMSではH19~21年の3ヶ年で振興調整費による女性研究者支援モデル育成事業を展開する事になっており、育児中の女性研究員(含ポスドク)の支援が行われる予定です。 NIMSは、筑波研究学園都市の中心に位置しています。2005年8月にはつくばエクスプレスが開業し、交通の便が飛躍的に向上しております。男女を問わず研究者の勤務地選択肢はそれほど多くありません。共働きの場合、同居できるかどうかは、通勤時間に依存すると思うのですが、私と夫(都内勤務)の同居もこの電車の開業がなければ難しかったと思います。 5 これからの人へ 私の経験から具体的なアドバイスを書ければ良いのですが、一般論として役立つ事が書けるほどの経験はありません。ただし、何か問題や壁に当たった時に、知識として対策を知っていれば、まさにその時になれば、この事か! と自然に対応できる、と、経験上、申し上げたいと思います。そのために、なるべく多くの「成功」情報を集めておく事をお勧めします。 具体的には、 ・ 優秀な先輩研究者(男女問わず)の研究姿勢をお手本にする ・ 偉大な研究者の伝記を読む ・ 研究方法論の本を読む ・ 各学協会が公開する女性研究者の体験談などを読む 等あると思います。研究方法論の本で、いくつかお勧めの物を挙げておきます: ・ 「サイエンティストゲーム」(カール・J. シンダーマン著) ・ 「研究者という職業」(林周二著) ・ 「科学研究者になるための進路ナビ」(白楽ロックビル著)、他多数。 6 最後に グルード著「ワンダフル・ライフ」という本には、生物は「進化」の過程で徐々に多様化していったのではなく、爆発的な多様化とその後の悲運多数死(理由なき種の大量絶滅)を経験している事が紹介されています。その証拠となるバージェス頁岩の解釈の是非はさておき、奇妙奇天烈なバージェス動物群の挿絵を眺めながら、事実(観察)は想像を遙かに超えた所にあると、しみじみ感じました。 研究者の仕事も、「思いもよらない素晴らしい事実(認識)と出会う人生(ワンダフル・フル・ライフ)」と言ってもいいかと思います。正直、私にとって研究テーマは何でも良いのです。理論とその実証によって、自分の中の認識を確認・刷新していく、その作業自体が楽しいのです。しかも、実学であれば、それが世の中に役に立ったりしてしまうのです。今では、清水の舞台から飛び降りた事、夢とロマンにあふれる工学研究の世界に飛び出して良かったと思っています。 「女子高校生夏の学校~科学・技術者のたまごたちへ(2007年8月、於・国立女性教育会館)」に参加する筆者。 理工系進学希望の女子高校生へ鉄鋼関連研究の紹介と、進路相談・キャリア相談を行った。 (2007年8月27日受付) 「ふぇらむvol.12 No.11掲載」 |