活躍する女性研究者・技術者-17 「出あいに恵まれて」
竹田貴代子 Kiyoko Takeda 新日鐵住金(株)技術開発本部 鉄鋼研究所 鋼管研究部 主幹研究員 1.はじめに 初めまして。新日鐵住金株式会社の竹田です。原子力用鋼管の腐食に関する研究開発に携わっています。この度、女性研究者ということで本誌に執筆の機会を頂きました。社会人になってから21年が経ちましたが、その間の仕事や人との出あいについて綴ってみたいと思います。 2.腐食との出合い 金属との出合いは大阪大学金属材料工学科への入学でした。研究室は格子欠陥物理講座で、修士では超高圧電子顕微鏡を用いたナノクラスターの実験をし、クラスター化により原子の拡散速度が固体より速くなる臨界サイズの探索を行っていました。そこで、金属物性の不思議さに惹かれ、材料研究に携わりたいとの思いが叶い、住友金属工業株式会社に入社することになりました。配属先は研究開発本部鋼管鋼材研究部であったところまでは良かったのですが...防食研究室という予想だにしない展開で、漫画で言うと顔にザーっとタテ線が入ったような心境でした。これが腐食研究との出合いとなったのですが、実は学生時代に腐食の授業は受けていなかったのです。若者らしい(?)新しい材料を学びたいという志向で、赤茶けた錆が思い浮かぶ腐食には興味がなかったのが正直なところです。配属を聞いて後悔しましたが後の祭り。配属先の先輩方の口からは「アノード反応が」とか「溶存酸素濃度が」とか馴染みのない(聞いたことのない)言葉がポンポン飛び出し、大海原に小船で出たが如く「私やっていけるんやろか」という不安に駆られたというのが社会人第一歩の気持ちでした。 さらに初めて出合ったテーマが「原子炉燃料被覆管用ジルコニウム合金の一様腐食性の改善」なるものでした。ジルコニウム合金に馴染みがないだけでなく、原子力と聞くと、原爆やチェルノブイリ原発事故の新聞記事やニュース番組から得るマイナスのイメージしかなく、第二の「私やっていけるんやろか」でした。 3.人との出会い これらの悩みを解決できたのは、良き上司や同僚に出会えたからです。入社当時は男女雇用機会均等法が施行されて間もない頃でしたし、鉄鋼業という男性的な職場に現れた女性社員の扱いに、男性の方々は戸惑っておられたと思います。しかし、鋼管研では2年先輩の女性研究者がとても優秀な方で、「女でも大丈夫」という信頼の地盤を築いてくださっていたことにずいぶんと助けられ、違和感なく溶け込むことができました。 研究生活はと言うと、出来が悪かったせいか、上司の方々には結構厳しく指導を受けたように思います(みなさん「僕は優しかった」と仰いますが)。実験方案を作成して相談に行くと、全体的な考え方や詳細条件についてブレーンストーミングが始まります。「でけへんて思う前にできる方法を考えてみいや。でけへんと言うのはいつでも誰でもできるんや。」「試験に時間が掛かるんやから、結果が出てから次を考えたら遅い。いくつかのルートを考えて並行して進めな。」等々、数々のアドバイスを受け、言われることは尤もながら、目の前の「腐食」という新しい分野と戦うことに精一杯で、もう大海原でアップアップしていたことをよく覚えています。でもそれらアドバイスは、今となれば研究開発に取り組む礎になっています。また、報告資料を書くと、真っ赤な原稿が何度も返ってくるし(私の書いた文章は跡形もないことは度々で)、何度も追加データを取るように言われるし、うんざりしていた私がいました。ただ、それから何年も経って、学位論文を書く際、何故その追加データが必要だったのかということや、それらのデータがあるからこそ内容が充実していることに気がつき、「目から鱗が落ちる」を言葉通りに感じたことを鮮明に覚えています。その後、後輩の資料を見る機会もありますが、資料を良いものにするという大変労力のかかることに、お忙しいにもかかわらず根気強く面倒を見てくださった上司の方々に頭が下がり、深く感謝するようになりました。 実験の面では研究部の垣根を越えて多くの研究補助の方々に、教えて助けて頂きました。原子力環境を模擬した高温高圧環境(360℃、20MPa)のオートクレーブで腐食試験をしますが、私の力でボルトを締めた程度では圧力が高くなってくると漏れることがあるし、試験後は焼き付いたボルトを緩めることができません。研究補助者の方がボルト締めの最後や緩めの最初は手伝ってくれましたが、その前後の作業や装置のメンテナンスは自分でやり、故障に出合う度に教えて貰いながら機械の仕組みを覚えてきたような気がします。また、電気化学測定のために、珍妙な出来上がりのガラス細工もしました。皆さんに言われたことは、必ず自分の手でやって装置の原理を理解して、その実験が物理的に難しいのか、技術的に難しいのか、どのくらい労力を要するのか、よく分かっておくことでした。「自分の身体で覚えるほど安全感度も上がるからな」「分かっとったら、変な試験方案を作って研究補助者に迷惑かけることないやろ」と。 4.材料との出合い 研究対象はジルコニウム合金、オーステナイト系ステンレス鋼、ニッケル基合金、半導体製造装置用、自動車用など、いろいろな材料や環境の腐食に関わりましたが、一番長く付き合っているのは原子力用鋼管です。原子力に関しては様々な見方があり、1つに結論付けることは難しい課題であると考えています。原子力用鋼管に携わるようになり、いろいろなことを学びました。コンセントをさせば電気が流れる、蛇口を捻ったら水が出るという安定したインフラはとても大事であること。一方、福島第一原子力発電所での事故、使用済核燃料の再処理などの問題にも目をつぶっては過ごせないこと。ただ、今の私にできることは、より信頼性が高く、より安心して使って頂ける材料を開発することであり、これは原子力のみならず、全ての分野に対して材料メーカーの使命だと考えています。原子力鋼管には耐食性に優れた材料が使われ、全面腐食から応力腐食割れへと研究課題は拡がっています。材料と環境に加え、力学に関する知識も必要となり、日々勉強の毎日です。学生時代の勉強不足が身にしみる毎日ですが、必要性に迫られて学んでいくと、いろいろなことが有機的に関わっていることに気付くようになりました。金属学が奥深く、学んでも学んでも知らないことがたくさんあり興味は尽かず、材料メーカーでの研究という職を選んで良かったと思っています。 5.おわりに 今思えば、素晴らしい上司や同僚、そして環境に恵まれ、暖かく伸び伸びと育てて頂いたことに感謝しています。また、入社当時は腐食の知識のないことが不安でしたが、学生時代の数年間は取り戻せますし、むしろ入社してじっくりと学ぶことのなかった物理解析技術を学生時代に自ら実験して知り得ていたことはプラスαになりました。これからも、無限の可能性に向かって前向きに取り組んでいきたいと思っています。 追伸 女性研究者...ということでしたが、あまり(殆ど?)それらしき内容にならず失礼しました。家庭と仕事の両立とか、子育てとか書ければ良かったのですがネタがなく…次の機会(あるかどうか分かりませんが)までにネタをつくるようにしておきます! ご安全に! 写真 鋼管研の鋼管防食グループのメンバーと(筆者は前列向かって左から3人目) (2013年7月16日受付) 「ふぇらむvol.18 No.10掲載」 |