活躍する女性研究者・技術者-3 「材料分野に紛れ込んじゃった経済の人」
横山一代 Kazuyo Yokoyama 東北大学 大学院環境科学研究科 環境創成計画学講座ライフサイクル評価学分野 助教 「活躍する女性研究者」というタイトルで寄稿してください。と頼まれ、うっかり了承したものの、正直、どのようなことを書けばいいのか皆目検討がつきませんでした。その主旨を伺えば何か書くことを思いつくだろうと思い、編集委員会からのメールを拝受したところ「活躍する女性会員に研究、開発への関わりをご紹介して頂き…現状を知り後進へのエールとなる」とありました。拙文をもって後進の方へのエールとなるか甚だ疑問ではありますが、少しでもお役にたてればと考え、筆を進めさせていただきます。 私は2004年2月に東北大学大学院環境科学研究科環境創成計画学講座ライフサイクル評価学分野に助手として着任をし、以来、産業エコロジー、ライフサイクル分析(LCA)、マテリアルフロー分析(MFA)の研究に従事をしております。2004年2月以前は早稲田大学大学院経済学研究科理論経済学・経済史専攻で修士課程・博士後期課程を通じて計量経済学を専修しておりました。博士後期課程より廃棄物産業連関表を用いた動学的拡張モデルの提案と応用に従事しており、建築構造物や産業機械のように、生産時点から廃棄処分・リサイクルに回る時点まで時間差があるような耐久財を対象とした動的資源循環とLCAに関心を持って研究を行っておりました。2006年2月に学位論文「廃棄物発生と処理の計量経済分析」を提出し、早稲田大学大学院経済学研究科で博士学位を取得いたしました。 いわゆる「文型」な私は恥ずかしながら「材料工学」や「熱力学」の知識は皆無で、かつ鉄鋼協会においてはまったくの新参者です。東北大学への着任が決まった際に研究室の教授である長坂徹也先生に入会を勧められ会員になりました。鉄鋼協会講演大会や、研究会に参加をすると、材料の専門家が大勢いらっしゃる中に一人(おそらく)、経済学を背景としている私がおり、名刺をお渡しするとまず皆さん口をそろえて「経済学? なぜこの分野に?」と仰います。「材料の分野は、現在私が関心を持っている産業エコロジーにおいて、欠かすことができない重要な分野です。鉄や銅、アルミといった社会で大量に利用され、我々の生活に不可欠なこれらの材料に着目してMFAやLCAを行うことは社会的意義が大きく、かつ興味深いからです。」これならば研究者としての及第点をもらえそうな答えです。もちろんこの思いは研究をする上で私自身も強く持っております、と前置きをしますが、もう一つの重要な理由は人とのつながりです。 研究室の教授である長坂先生は環境エネルギー工学部会でバイマテリアルフォーラムの座長をしておられ、先生のご紹介で私もコアメンバーとして末席を汚しております。また東京大学の松野泰也先生が主査をしておられた社会鉄鋼工学部会研究会にも委員として参加をさせていただいておりました。このようなフォーラムや研究会を通じて、多くの材料研究者、企業の方々と知り合うことができ、折に触れ研究のご助言をいただいたり、時に協会の外でのプロジェクトでご一緒させていただいたりと現在も公私にわたってお世話になっております。 また2004年に東京大学の醍醐市朗氏が主査をしておられたヤングサイエンティストフォーラム(YSF)を通じて同世代の若手研究者と出会うことができました。中でも現在は同僚である中島謙一氏や、主査であった醍醐市朗氏、京都大学の山末英嗣氏、茨城大学の玉城わかな氏との出会いは新たに「材料工学」の世界に入ってきた私にとって大変貴重なものでした。互いに研究に関して刺激をしあい、時に議論をし、思いついたばかりのアイデアに対して真剣にコメントをしてくれる(研究会の後の居酒屋で行われることも多いのですが)、すばらしい研究仲間を得ることができたのは協会がYSFという場を提供してくれたおかげです。おかげさまで2005年には石原・浅田研究助成課題として「トランプエレメントの混入を考慮した再資源化原材料循環の環境評価と経済影響分析モデルの構築」を採択いただき、YSFのメンバーは共同研究者・研究協力者として共にこの課題に取り組んでおります。 材料工学の分野に限らず、日本の研究者、大学教員の多くは男性です。女性であるということだけで、良きにしろ悪しきにしろ目立つものですし、時に場から浮くことすらあります。その上、材料分野の学会で経済モデルの話をしていれば様々な感情をもつ人も周囲にいたかもしれません。幸運にも私自身は「女性である」「工学分野に紛れ込んでいる(?)文型の人」という点で追い風こそ背中に感じたことはあっても、逆風を感じたことは今までありませんでした。結婚もしておらず、子育て経験も持たない私は、女性研究者であることの苦労の大半をいまだ味わっていないという点が大きいのかもしれませんが、やはり一番の理由はよき研究仲間、優れた先輩研究者、暖かくも厳しい諸先生方に出会えたことだと思います。これまで常に、いやな思いをした時は研究仲間がときに慰め、時に励ましてくれ、研究に行き詰ったときは先輩研究者から助言をいただき、逆風が吹きそうなときはそれが私の身にかかる前に防いでくれた諸先生方が周りにいました。周囲の支えなくして、今の私はないと思っています。 思い起こせば2004年2月に東北大学に来て、初めての学内業務は卒論発表会でのタイムキーパーでした。研究室の学部生は材料総合学科に所属するため発表の中で何度も出てくる「ジョウタイズ」「ソウヘンタイ」「1400ケルビンアルゴンフンイキ」、漢字での変換すら頭に浮かばなかった私が、4年目を迎える仙台で日々充実した研究生活を送ることができているのは一重に周囲の方々の支えによるものだと心から感じています。人的ネットワークはどんな優れた物的研究環境の充実よりも大きいものだと思います。ただひとつだけ女性研究者へのアドバイスがあるとするならば「あなたは覚えていなくても、相手は名前を覚えている。(多くの場合)」です。物覚えの悪い私はしばしばお会いした方の顔と名前が一致しないことがあり、出会いを大切にすべきといいつつも、大切にしていないとお叱りを受けてしまいそうな気まずいことが多々あります。そんな気まずいことにならないように、自戒をこめて私からのアドバイスとさせてください。 「活躍する女性研究者」などという大それたタイトルで寄稿することができるような身ではないのですが、拙文が少しでも協会へのご恩返しになり、私のような境遇にいるかもしれない研究者の方に僅かでもご参考になれば、私にとってこの上ない喜びです。 普段は研究室におりますが…… 研究の一環でフィールド調査でアフリカ行ったり 鉱山に入っていたりします。 (2007年2月2日受付) 「ふぇらむvol.12 No,5掲載」 |