活躍する女性研究者・技術者-15 「30年後の自分に向けて」
三浦彩子 Ayako Miura JFEスチール(株)スチール研究所 圧延・加工プロセス研究部 研究員 1.はじめに JFEスチールに入社して3年目の春を迎えています。人生経験も浅く、技術者・研究者として若輩者の身で大変恐縮ではありますが、「今思うことを書いてみて下さい」というご依頼でしたのでお引き受けさせて頂きました。まだ結婚も出産も経験しておらず、理系女性の絶対数が増加している昨今の風潮により従来に比べたら恵まれた環境の下育ってきておりますので、どなたの参考にもならないかもしれません。人生の先輩方のお言葉を借りながら書かせて頂きますので、一個人の意見としてどなたかの心に残り、いつかお役に立つことがあれば嬉しく思います。 2.「あらゆる引き出しが武器になる」 -就職して- これは、入社後初出張の勉強会で主催者の先生から、「材料に関する基礎はもう身に付けてきたはずだから、これに機械工学も身に付けたら強いよ」と諭して頂いた時の言葉です。私が所属する部署では、鉄鋼材料の製造工程の中で圧延を主とし、製鋼後のプロセス全般の工程に関わる研究を行っています。配属当初、学生時代の専攻と同じ材料の研究がしたかったのにと思っていましたが、“専門が変わった”というわだかまりが溶けたような気分になりました。 今、担当している仕事は冷間圧延という比較的最終工程に近い部分ですが、鉄の固まりであるスラブが連鋳機から出てきてから最終製品に至るまでの全ての工程が現部署の範疇にあるため、圧延そのものだけではなく、組織・表面・流体・伝熱・電子工学・制御・機械・設計…、様々なことを知っているほど発想の自由度が増すのではないかと思っています。また、生産量やコスト・収益といった企業ならではの視点も必須であり、身近にいる上司たちが自部署内はもちろんのこと、工場や他部署、他社の方々と議論する様子を見ていて未熟さを実感しています。丸2年を経ても知らないこと、わからないことの方がはるかに多く、早く対等に議論できる実力を身に付けたいと思う毎日です。 3.「この選択に後悔はない」 -技術職を選んだこと- 入社後、縁あって採用活動に参加させていただいておりますが、もう20年以上仕事をされてきた大学の先輩が就職活動中の学生にこぼした言葉です。「もっといい選択はあったかもしれない、でもこの選択に後悔はない」だそうです。 私は自他共に認める理系科目が苦手な学生で、10代の頃は職業として技術職を選ぶとは夢にも思いませんでした。それでも、こうして大学院まで進学し、一企業の技術系社員として生活を送る選択をした時に、背中を押してくれたのは大学院時代の金属ガラスに関わる研究でした。「錬金術みたいで面白い」という幼稚な興味本位で東北大学工学部材料系へ進学した私には、規則的な結晶構造を持たず、ある温度になると水あめのように伸び、しかも比較的新しく未知なことが残っている材料の研究に関われたことは、願ったり叶ったりでした。何より、論文や普段の会話、当時の研究室職員の方との議論の中でヒントをもらい「もしかして誰もまだやってないんじゃないかな?」という自分しか知らないドキドキ感を味わえたことは忘れられません。自分が考えた通りであって欲しいと願いながら実験するときの手が震えるような緊張感、予想したとおりであったときの安堵感と嬉しさを経験できたことは、私の財産のひとつとなりました。この「自分しか知らないかもしれない」という感覚は、理系だからこそ味わえる醍醐味のひとつではないでしょうか。これが自己満足であってはいけませんが、科学の場合、そうして得られた普遍さは良くも悪くも人を動かす確たる力になることが、過去の歴史の中でも多々証明されています。私が得たドキドキが誰かを動かし、その誰かがまた別の誰かを動かす、そういう連鎖を多くの人が起こし積み重なっていけば少しずつ世界が変わっていくような気がします。 人並みには迷ったり諦めたりしながら進路を選択してきたつもりで、もちろんこのような道を選んだ理由は多々ありますが、「もう一度あの感覚を味わいたい」という、どんな背景をも抜き去ったそうした純粋な感覚が何よりの原動力であったように思います。技術者・研究者としてある間、この心は忘れたくないものです。先のことはわかりませんが、このままであれば、あと30年理系の道を歩むことになるのでしょう。いつか振り返った時に、「もっと良い人生はあったかもしれない。でもこの人生に後悔はない」と言い切れるような日々を1人の技術職としても歩めたら幸せだと思います。 4.「理系であっても女性らしく生きてください」 -理系女性であること- 私は当時珍しく理数科を開設している女子高を卒業しました。その卒業時に担任の先生が仰っていた言葉です。理系学部に進学する同級生が多かったのですが、「理系だからといって、いつもなりふり構わない、いつも片意地を張っているようではいけない。おしゃれもして、自由に、謙虚さと男性をたてる慎ましさも。そして何より優しい人に。」というようなお話で、女性であることも大切にしなさいと教えられました。 私たちの祖父母世代は想像もしなかったであろうほど、戦後女性の社会進出は目覚しく、現在ではたくさんの女性が各業界・業種で働き、男性と同じように評価して頂ける時代となりました。これは先駆者であった女性の先輩方、そして、受け入れ、理解してくださる方々のおかげであると心から感謝しております。大学から会社まで、いわゆる「女性の少ない環境」の中で数年過ごしてみますと、女性の先輩方が技術者・研究者としてずば抜けた実力をお持ちになって人並み以上の努力をしながらも、どれほどの悔しさや涙をのんでこられたか想像に難くなく、そうして培われてきた今の社会において、私たちの生活がいかに周囲の方々の理解と支えのもとに成り立っているものかと実感します。そのような先輩方の背中を追いかけていられることに、感謝と誇らしさと同時に、正直なところ自分は同じようになれるのかという不安も感じています。 近年、教育機関、研究機関、民間企業いずれも女性の就労を推奨する傾向にあり、私たちの生活も諸先輩方に比べたら格段に良い待遇を受けていると思います。こうして女性の数が増えていくにあたり、もはや先駆者ではない私たちの世代ができることは何なのでしょうか。学生時代、会社員になってからも「どうしたら女性は働きやすいか?」と聞かれますが、最近は人の数だけ答えがあるように思います。ですから、私たちがすべきことは「女性の社員がいる」ではなく「あの社員は女性だった」というくらいあたりまえに存在できるようにすることではないかと思っています。少数であるがゆえ「女性=その人」ととられがちですが、今後工学分野で活躍する女性の絶対数が増加してくると同時に、考え方の幅も広がるはずです。数々の制度は先輩方により確立されていますので、残すは文字にできないこうした意識の部分でしょう。 男性と同様に評価されるという反面、男女それぞれの個性としての役割・向き不向きは当然のごとくあり、同じように同じことはできないことを痛感しています。もちろんわがままであってはいけませんが、技術者として研究者の責任を果たした先に自由でいられるような社会に…と思います。男性に引けをとらない馬力のある方もいるでしょうし、家庭での役割を果たした上での仕事と考える方もいるでしょう。その価値観は男性と同じく多様で、ただ少し振れ幅が広く、ただ少し自分の意志だけではどうにもならないことが多いのだと思います。この価値観の幅が受け入れられていけば、先輩方がご苦労されてきた技術者・研究者たる人生と母であり女性であり娘である人生の両立をはじめ、もっと多様な生活が成立しやすくなるのではと思います。いつか男性の方が、薦めるとまで言わずとも、奥様やお嬢様が工学関係の業界で働いていてもいいなと思える日がくることを期待しています。 5.「ニューノーマル」 -一人の人間として- 「自身で情報を集める、自身で経験する、自身で判断する、責任ある自分たちの価値観を持てるように」という意味で引用されているのを耳にしました。恐らく本来の用いられ方ではないと思いますが、最近では一番印象の強い言葉です。 少子高齢化、新興国の台頭、グローバル化、環境・エネルギー問題、業界再編…私たちを取り巻く環境は急激なスピードで変化し、先のことなど誰も予測がつかない昨今です。社会人として、技術者・研究者として、組織の中で、1人の人間として、女性あるいは男性として、誰かの子供そして親として、様々な自分がぶつかりあって葛藤する場面はますます増え、どの良心を選ぶべきか人としてのあり方は益々問われるのでしょう。選べない選択を迫られることもある中、何が正解かわかりません。誰しもがたった一枚の履歴書では語りつくせない人生を過ごしていて、自分の人生の全部を知っているのは自分自身だけですから、後で振り返って自分に問う時に「あの時の自分にはこの選択がベストだった」と納得し恥じないようになりたいものです。 目指すべき将来をひたむきに追いかける人生にも憧れますが、私自身は今持てる全ての可能性を大切に、今できる全力で過ごして選んでいくしかないのだろうなと思います。このアラカルトの記事を遡って読ませて頂くだけでも、理系女性の毎日は全力疾走であることがよくわかります。ゴールや道のりはどうあれ、自分の意志でそれぞれの全力疾走をしている人がもっともっと増えていったら嬉しく思います。私も技術職としての道を選び、全力疾走のスタートをきりました。前ばかり見続けることは難しいですが、迷いながらも日々、一職業として選んだ技術者・研究者として、人として成長できるよう精進していきたいと思います。 6.「昨日よりも今日は成長している」 -最後に- 「今このときに思ったことは、明日には24時間の経験と成長で変わるかもしれない。」と先輩女性社員の方が仰っていました。この記事一つにしても、経験や人との出会いで、将来の自分は同じお題に対し全く違うこと思うかもしれません。 駄文ながら、冒頭にもあるように「今思うこと」を将来の自分への戒め半分に勢いで書かせていただいてしまいました。学生時代に、全てはその人自身のその瞬間の価値観でしかないと言われたことがあります。本当にそのとおりで、百人いれば百人の人生と想いがある中、文字にするのは気が引けてしまいます。この記事をここまで読んでくださった方にも色々なご批判もご意見もあると思いますが、こういう風に思っている人がこういう業界にいるという程度に感じていただければ幸いです。 最後になりましたが、この度の東日本大震災により、本協会員の皆様はじめ被災された皆様、及び関係者の皆様には心よりお見舞い申し上げます。各地で被災された皆様が一日も早く日常を取り戻し、益々ご活躍されることを祈念しております。 (2011年6月30日受付) 「ふぇらむvol.16 No.10掲載」 |