活躍する女性研究者・技術者-8 「私のワークライフバランス」
山田 紀子 Noriko Yamada 新日本製鐵(株) 技術開発本部 先端技術研究所 界面制御研究部 主任研究員 私は新日鉄の先端技術研究所で鉄以外の新規分野、特にセラミックスやコーティング膜の研究開発に従事しております。理学部地学科の出身で大学・大学院修士課程では鉱物学を専攻していました。マグマ溜まりでは溶融マグマからフォルステライトなどの結晶成長が始まっており、火山の噴火とともにマグマが吹き出ると、急冷されたマグマからできるガラス質の部分と結晶とから成る火山岩ができます。私は実験室でこのような火山岩を作り、結晶とガラスの部分にどのように微量元素が分配されるか、ということを調べていました。こういうことがわかると、マグマ溜まりの温度などの環境を推測することが可能となり、さらには地球や惑星の起源にまでさかのぼることができる、という壮大なテーマの研究だったのですが、実験上の行き詰まりがあったり、研究の進め方について悩んだり、漠然と不安を感じたりていました。そんな時期に新日鉄の第一技術研究所にいらした研究室の大先輩が、大学へ数ヶ月間特別講義に来られました。理学部とは異なるものの見方・考え方が新鮮で、半ば大学からの逃避もありましたが、ものづくりに憧れて新日鉄に入社しました。 入社後は機能性セラミックス材料や光学材料を中心に新素材関連の研究開発を行っていましたが、新素材ブームが翳りバブル不況に突入していた当時、1~2年で次々と研究テーマが変わってしまうような状況が続きました。その頃に長女を出産し、保育ママさん、保育園、ベビーシッターさんと多くの方にお世話になりながら育てました。育児についてはわからないことが多かったので、保育経験豊かな方々に見守ってもらいつつ子どもを育てることができたのは心強かったです。公立保育園の保育内容改善のための活動にも参加しました。当時の公立保育園は延長保育が夕方6時まででしたが、これでは普通の職場で仕事をしている親が毎日迎えに行くのは大変だったからです。 仕事の上で転機になったのは、新日鉄が参画した国家プロジェクト「シナジーセラミックス」との関わりです。10年間に及ぶプロジェクトの中で、私は実質5年ほどを「シナジーセラミックス」で過ごし、ゾルゲル法による無機・有機ハイブリッド材料の研究に従事しました。このプロジェクトで始めてセラミックスの作製プロセスの1つであるゾルゲル法を勉強したのですが、最初の2年間はこの分野に精通している上司の下で、納得できるまで総説や論文を読み、潤沢な研究費を使って自由に実験をさせてもらいました。恵まれた環境で充実した研究生活を送りつつ、プロジェクトの中でもそれなりの成果を発表することができ、他社や国公立の研究機関の研究者との交流も深めていくことができました。のちに論文をまとめて博士(工学)を取得しましたが、このときの研究が基になっています。 このプロジェクトに関わり始めて間もなく長男を出産しました。この頃に夕方7時までの延長保育が実現しました。限られた時間の中で仕事を片付けるのが大変で強く望んでいた延長保育でしたが、実際には何かあったときに利用する程度でした。会社にいる時間が1時間長くなると家に帰ってからの生活があまりにも大変で、会社にいる時間内に何とか仕事が終わるようにしないと両立できないと悟りました。子どもたちの成長につれ、育児が楽になったかなと感じていた頃に、私自身が大きな病気を患い半年ほど休職せざるを得なくなってしまいました。健康の大切さを痛感し、これを機会にきちんと睡眠や休養をとることを心掛けるようになりました。それとともに、今大変でもここで頑張ればあとで楽になると考えるよりも、大変な毎日であってもこの瞬間にしか味わえないことを楽しもうと思うようになりました。という訳で、子どもの学校の授業参観に出かけるのはもちろん、PTAや町内会の役員を引き受けたりしました。PTAに関わることによって学校の設備・職員室の雰囲気・学級崩壊やいじめに対する学校の対応などを知り、教育問題について考えるようになりました。町内会の活動の中では、安心して暮らせる町にするためにはどうすればよいか、というようなことも思い巡らすようになりました。子どもが小さい間はいろいろな形で地域の方々にお世話になりましたので、微力ながらも地域のために何かできるというのは嬉しいことです。また、子どもたちに科学技術への夢を持って欲しいと思って、科学技術館で科学工作教室のボランティア活動も行っております。ボランティア活動では子どもたちと接しながら、会社での慌しさとは対照的なゆったりとした時間の流れを味わっています。 会社では現在、国家プロジェクトを通じて培ってきた技術を活かしてゾルゲル法によるコーティング膜の研究開発を進めています。初めてコーティングの試作品ができたときの感動は子どもの誕生に似たものがあり、その後のユーザー評価は子どもの成長を見守る親のような気持ちで受けています。試作のために出張することが多くなりました。いろいろな人と出会って仕事ができるのは大きな楽しみです。新しい分野で新しい材料を使ってもらおうとしているので課題は山積しておりますが、関連事業部、試作メーカーさん、ユーザーさんとともに一歩ずつ前進していければと思っています。 職場での休み時間の1コマ (2007年9月28日受付) 「ふぇらむvol.13 No.3掲載」 |