活躍する女性研究者・技術者-13 「走り続けていることを振り返って」
槇石 規子 Noriko Makiishi JFEスチール(株) スチール研究所分析・物性研究部 主任研究員 1 はじめに 現在筆者はJFEスチール(株)スチール研究所の分析・物性研究部で材料解析に携わっている。理学部化学科出身で、旧川崎製鉄の技術研究所に入社した。男女雇用機会均等法施行前の入社であり、当時鉄鋼会社で女性研究員は珍しかった頃である。しかしこの研究所には、既に子育てをしながら活躍する先輩がいて心強かった。最近の方々とは状況が違うものの、仕事や子育てに走り続けてきた中で感じたことが僅かでも参考になればと思い、紹介させて頂くことにする。 2 現在の職場 今所属している分析・物性研究部は、各研究部門と連携しながら新しい分析・解析手法の研究や材料・プロセス開発のための解析をする部門である。担当しているのは、物理解析手法、特に表面分析やSEM、TEMを用いた材料の解析で、高張力鋼板、ステンレス、電磁鋼板等様々な材料の解析をしている。この仕事の面白さの1つは、研究の最も興味深い部分を様々な専門家と議論しながら解析できることだと思う。対象が変わるたびに勉強し直さなければならない点も多いが、好奇心をおおいに刺激される。もともと謎解きが好きであったこともこの仕事を好きな理由かもしれない。新しい解析手法にチャレンジできるのも魅力的である。分析・解析の仕事はよく縁の下の力持ちと言われるが、観る(分析・解析する)力がしっかりしていなければ、よい研究も進まない。そのような自負をもって自分達の技術を磨き、活用して結果を出していくことが大切だと思っている。新しい物や事実が見えたことの感動や連携して解析した材料やプロセスが実用化されていくときの満足感も大事にしたい。 研究所内には家庭や子供を持ちながら仕事を続けている女性研究者も増えてきた。優秀でタフな人達も多く、周囲からの理解も筆者が入社した頃より格段に進んでいる。配属される研究部署も多岐に渡り、社内外で認められる人達も多くなってきた。これから益々活躍の場が広がることを期待したい。 3 印象深い仕事 ここで筆者にとって印象深かった仕事を述べるのをお許し頂きたい。筆者は材料解析を担当する前には工程分析にも関わっていて、めっき液、めっき鋼板、スラグ等のオンライン・オンサイト分析を経験してきた。その1つのZn-Fe系複合電気めっきのオンライン分析法開発についてである。 かなり以前になるが、Fe-P/Zn-Fe二層めっきなどの複合めっきが製造され、その品質制御や保証のためオンライン分析装置開発が必要となった。前記二層めっきの場合、上層厚(Fe-P量)、下層厚(Zn-Fe量)、及び下層の組成(Fe濃度)と3つの定量値が必要である。これをオンライン分析するにはそれまでの方法では不可能なため、X線回折(ピークシフト)と取り出し角を変えた蛍光X線強度(Fe、Zn強度)を組み合わせる新しい方法を研究した。開発リーダーの上司のもと、筆者は光学系と計算ロジックの構築及びラボ実験による検証を担当した。苦労したのは、走行する鋼板において分析面の位置が僅かに変動(パスライン変動)する影響を補正する部分である。最初に設計した光学系で実験したところ、計算と微妙に合わない部分が発生し、その点が解決できないと十分な精度が得られないことがわかった。オンラインめっき分析装置となると1億円を越える設備である。胃が痛くなるというのはこういうことかと思った覚えがある。すぐに装置メーカーに行って実験し、データを抱えて帰りの新幹線の中でも必死に考えた。その結果、僅かなX線入射角変動が影響していることがわかり、改善策も見えてきた。光学系の設計を大幅修正することになったが、問題を解決できた時に非常にうれしかったことを覚えている。必死に考え抜くことの重要性も痛感した。上司、同僚そして製造部門の方々とともに実用化に漕ぎ着け、開発した装置が実際のラインで稼動するという貴重な経験をさせてもらった。この開発は表面技術協会の技術賞も頂くことができ、印象深い仕事であった。 4 仕事を続けながら このような体験が仕事を面白くさせたと思う。このオンライン分析を担当していた頃に結婚することになったが、辞めることは考えなかった。先輩や同僚のお手本があり、周囲の理解にも支えられたお陰である。前述したオンライン分析においても最終的な実機確性試験の頃は結婚・出産の時期と重なり、現場に強い男性メンバーが活躍してくれていた。やはり出産等どうしようもない部分もあり、その点は早めに相談して理解と協力を仰ぐようにするのが一番と思う。 子育ての間で以外に大変だったのが、子供の小学校入学の時である。住んでいる地区には当時小学校低学年用の子供ルーム(学童保育)がなかった。そこで同様の悩みを持つ地域の母親同士で話し合い、子供ルームを作ろうということになった。しかし市営のルーム開設のため市に掛け合ったりしていると、その間に子供達の大事な時間は過ぎてしまう。そこで市や地域の方々にお願いして古い会館を借り、まず親が中心に運営する子供ルームを立ち上げた。保護者が総出で設備の整備をし、夏休みには交代して先生の補助に入った。仕事が終わってからの夜の打合せも多くて大変であったが、一緒に活動した母親達は大変エネルギッシュで感銘を受けたことを思い出す。開設してみると入所希望者は非常に多く、実績を積み上げて市への移管の話も進んだ。結局子供達は2年間だけしかお世話にならなかったが、現在地域のルームの数も増え、小学生達が楽しそうに遊んでいるのを見るととてもうれしい。問題を解決するのに仲間との協力は大きな力ということが身にしみた経験である。 5 おわりに 今は子供達も大学生になり、今度は親のことが気になりだしている。理解が進んだとはいえ、家庭ではまだ女性の負担が多いのが実情である。以前鉄鋼協会で活躍されていた女性教授から「時間が制約される分、いかに効率を上げるかを考えて。」と励まされた。本当にそう思う。周囲の理解に感謝しつつ、少しでも効率を上げて結果を出せるようにしていきたいものである。 また、この職場で長く仕事を続けられたのは、先輩が道を切り開いてくれたお陰とも思っている。一緒に大学を卒業した仲間の中には、結婚=退職という風土の会社に就職し、仕事を続けていくのに苦労する人もいた。入社前の見学で、先輩から「女性を採用し始めてからまだ日は浅いため、会社は私達を見ていろいろ考えると思う。私達の行動が後輩に大きく影響するからそのつもりで。」と言われたことをはっきりと覚えている。彼女は女性研究者として会社のシステムの中ではまさにパイオニアであり、後輩をリードしてくれていた。今でも心から感謝するものである。 現在、各会社や研究機関において、いろいろな立場のパイオニアとして先頭を走っている女性の方々は多いと思う。周りから注目されて大変と思うが、実績を積み上げていくことが理解を進める1つの方法であろう。先頭を走る人を目標にしている後輩、感謝している後輩がいることを思い、是非頑張ってほしいと願っている。 (2010年2月3日受付) 「ふぇらむvol.15 No.4掲載」 |