活躍する女性研究者・技術者-9 「理系に進もう」
吉原 美知子 Michiko Yoshihara 横浜国立大学 大学院工学研究院システムの創生部門 特別研究教員 私は現在、横浜国立大学の機械工学系・材料工学系学科で教育研究に携わっている。横浜国立大学には工学府・工学研究院の他、教育学研究科、国際社会科学研究科および環境情報学府・環境情報研究院がある。同じキャンパス内でも例えば教育系の教育人間科学部の学生は男女ほぼ同数だが、工学部では女子学生は1割程度、所属する生産工学科はさらに少数である。女性教員も学生と同様、教育系や環境系は比率が高く、工学系では非常に低い。この傾向は本学に限ったことではないだろうが残念なことである。国際会議に参加して海外の女性研究者から「初めて日本人の女性研究者にあった、日本には女性研究者はいないのかと思っていた」と言われたことがある。女性研究者・技術者、さらには大学理工系の女子学生数はどうしたら増えるだろうか。 大学では少子化などを踏まえてオープンキャンパス等の催しを行い、少しでも受験者を増やし優秀な学生を集めようと努力している。理工系進路選択に関するキャンペーンもこのような一環として行われている。文部科学省では女子中高校生の理系進路選択支援事業を展開しており、日本鉄鋼協会は日本金属学会と共に「女子高校生夏の学校」や「ジュニア科学塾 in 関西」に参加している。このことはすでに「ふぇらむ」上で報告されているのでご存じの方もあるだろう。会場で目にする女子高校生たちは「科学」を楽しんでいるようで、「女性は科学に向かない」というようなことはないと感じる。筆者は先日、横浜国大で行われた高校生向けの行事に参加した。対象は女子に限らなかったが、高校生たちは男女の別なく楽しそうにいろいろな機器を使い、一日を過ごしていった。百聞は一見に如かずというが、よく分からないものや直接見ることが難しいものでも、先端機器の助けを借りれば目に見える形になる。 へーっと感心したり、分かってすっきりしたりするところに理系の楽しさがある。理工系を好むかどうかは男女というよりむしろ個人個人の性質によるように思える。所属学科の数少ない女子学生に聞いてみたが、この学科を選択したのは本人の希望で、将来工学系の仕事をしたいと希望し、受験して入学したという。ただ、保護者に工学部を受験したいと相談したとき、保護者は「良い選択をした、頑張りなさい」とよろこんで応援してくれるより、むしろ戸惑いの表情だったらしい。つまり、女子高校生の理工系進学に対してネックとなる一因は、本人のみならず保護者にとって理工系に進学した場合の将来像が見えにくいことにあるのではないだろうか。この意味でロールモデルは重要である。私自身のことを例として少し述べてみたい。 実は私が大学の教員になったのは偶然だった。理数系の方が好きだったので単純に理工系を目指し、理工系単科大学に入学した。将来どの様な職業につきたいかは特に考えていなかった。物理を専攻し、卒論・修論は大学内でほとんど唯一の存在だった女性教授のご指導のもと、X線トポグラフ法を用いた結晶欠陥の観察を行った。ご指導下さった教授が女性にとって難しい時代を乗り越えてこられたのは、実験や研究が本当にお好きだったからに違いない。今とは比べ物にならないご苦労がおありだっただろうと思うが、変わらぬ好奇心と情熱で研究を続けてこられた。物性実験系のその研究室には男性教授と私を指導してくださった女性教授の両方がおられ、テーマによってどちらかの先生の指導を受けながら研究を行っていた。その様な環境の研究室であったから、研究以外のささいなことも平等に当番制であった。 私が就職したのは男女雇用機会均等法のできる前のことである。折悪しくオイル・ショックで、卒業と同時に結婚する予定だったせいか企業は門前払い状態であった。その時点で大学に残ることは頭になかったので、高校教員になろうと考えた。教員採用試験を受けたもののうまく行かず、とりあえず友人の紹介で女子高の物理の非常勤講師になった。そんなとき恩師から「実験系の助手として大学で女性を採用するところがある」とのお話をいただき、現在の職に就いたのである。特に意識したわけではなかったが、大学に勤めることにそれほどの不安を抱かなかったのは指導教官が女性で、ロールモデルになったからといえる。就職に際しては仕事と家庭の両立についてアドヴァイスを下さった。家事・育児などで助けてもらえることは遠慮せずに周りに協力をお願いしなさいというようなことであった。それまで全く女性教員を目にすることがなく、また研究室内で男性が圧倒的に優位に物事を進める状況だったら、大学を職場とすることはもっと不安だったに違いない。残念ながら大学のポストは多いとは言えず、また教育研究職の新規採用は多くが任期付で、これを目指そうとすると男女を問わずなかなか厳しい状況である。さらに期間内に一定の業績を要求されるため、結婚や出産、あるいは介護などを考えると女性にとってさらに厳しいと言わざるをえない。私自身、一時期家族の介護が必要になったことがある。介護保険のような公的支援がなかったので昼間は親戚に交代で応援を頼み、夕方は家人とどちらかが大急ぎで帰宅する毎日であった。時間に追われ、先の見えない不安や相当なストレスを感じた。しかし仕事がかえって気分転換になったことも否定できない。家にいて一人で一切を引き受けていたらもっとストレスがたまったことだろう。最近では文部科学省などにより女性研究者に対する支援策が打ち出されているが、このことは裏返して言えば、企業などの女性社員を育て活用する取り組みと比べ、大学の対応は遅れているということに外ならない。それでも女性に対する門戸はだんだんに広がっていくだろうと期待される。 大学に限らず、企業や研究所などあらゆる場面で女性が活躍する姿を見せることは重要である。理工系に進学した場合、自分たちは将来このように働けるのだというだとイメージを抱くことは女子中高生たちに理工系を選択してもらう推進力になると信じる。また、子供たちがどの様に活躍できるかが分かれば保護者も安心して理工系選択を支持してくれるだろう。 この小文を目にしてくださる方は理系がお好きのかたが多いと思うので、いまさら「理系…」と言っても当たり前のことに思われるかもしれない。ご自身に限らず、皆様の身近にこれからの進路を考えているような中学生や高校生がいたら、「理系は楽しい、いろいろ活躍の場があるよ」と伝え、理系への進路選択を応援していただきたい。 学生に実験装置の説明を行っている様子 (2008年5月7日受付) 「ふぇらむvol.13 No.10掲載」 |