評価・分析・解析部会
広報 -2020-
2020.09.16 研究会報告
研究会I「バイオフィルム被覆によるスラグ新機能創出」終了報告平井信充 (鈴鹿工業高等専門学校)
本研究会は2020年2月で3年間の活動を終了した。以下、本研究会の背景、目的、得られた成果、今後の予定について簡単に述べさせて頂く。 転炉系製鋼スラグは、競合する他のリサイクル材料が存在するために、将来の利用用途拡大に向けて新機能創出が求められている。その際、沿岸域や農耕地の環境修復材等として、水と接する環境下で製鋼スラグを利用する際には、スラグ中に含まれる金属元素の溶出挙動の制御が極めて重要となる。以上を背景として、製鋼スラグの表面をバイオフィルムで被覆し、バイオフィルムが選択的に金属イオンを抽出・捕捉することを利用して、スラグの溶出挙動を制御し、製鋼スラグの有する有用成分供給・環境修復機能を大幅に向上するための知見を得ることが本研究会の目的である。 得られた成果はPEMAC46号に書かせて頂いたので、本稿では、第180回講演大会におけるオンライン形式での最終報告会(シンポジウム)の講演タイトルを紹介する。シンポジウム「バイオフィルム被覆によるスラグ新機能創出」最終報告会
日時:2020年9月16日(水) 13:00~16:30
1.三重県沿岸域に浸漬した鉄鋼スラグ上に生成したバイオフィルムの菌叢解析と製鋼スラグの組成との関連
鈴鹿高専 ○小川亜希子、三重大 田中礼士、阪大 鈴木賢紀、鈴鹿高専 平井信充
2.バイオフィルムの新規定量手法の提案と比較検討
鈴鹿高専 ○甲斐穂高、中根十愛、梅川響、東浦芙宇、中川元斗、平井信充
3.藻場造成を目的としたバイオフィルム形成評価
鈴鹿高専 ○幸後健、広瀬直人、佐谷駿斗
4.スラグ上のバイオフィルムの定量評価とその効果
都城高専 ○高橋利幸
5.単一菌バイオフィルムが付着した製鋼スラグを浸漬した人工海水の短時間pH測定
鈴鹿高専 ○平井信充、田中萌々、廣田さくら、加藤花、中川元斗
6.海水への製鋼スラグ成分溶出に及ぼすバイオフィルムの作用
秋田大 魚石凱斗、高崎康志、○井上亮
7.製鋼スラグの淡水への溶出挙動に及ぼすバイオフィルム被覆あるいは有機酸添加の影響
東大 ○松浦宏行
8.電気炉酸化スラグの溶出におよぼす殺菌灯照射および溶液緩衝作用の影響
豊橋技科大 ○横山誠二
本稿提出時にはまだ開催前であるが、活発な議論が交わされ成功裏に終わることを期待している。また、2年後の2022年2月までに最終報告書をまとめる予定である。ご関係の皆様への謝辞はPEMAC46号で書かせていただきましたが、改めて御礼申し上げます。有難うございました。
講演番号 | 氏名 | 所属 | 題目 |
---|---|---|---|
PS-59 | 小田 恭平 | 東京海洋大学 | ESI-MSを用いた極微量の溶存2価鉄の定量方法の開発 |
PS-60 | 門脇 優人 | 宇都宮大学 | 鉄鉱石中の全鉄定量に用いられる二クロム酸カリウム滴定法における予備還元操作の検討 |
PS-62 | 中川 康太朗 | 茨城大学 | Bailey-Hirschの式における転位強化係数に対する結晶粒径の影響 |
PS-63 | 桝添 優希 | 東京都市大学 | 窒化鉄からのアンモニア生成における温度依存性と炭酸塩の添加効果 |
・小田恭平様 (東京海洋大学 修士1年)
「ESI-MSを用いた極微量の溶存2価鉄の定量方法の開発」という題目で日本鉄鋼協会第179回春季講演大会学生ポスターセッションにおいて発表した。近年、海洋の沿岸域において「磯焼け」という藻場の消失が問題となっている。地域によって原因は様々であるが、その一つに海水中の鉄不足が考えられている。鉄は沿岸域の植物プランクトンやコンブなどの海藻による基礎生産活動において必須元素の一つである。この鉄が不足することによって、これら藻類の成長が制限されてしまうことが要因と言われている。私は鉄の中でも、中性付近のpH中での鉄の状態から3価鉄より2価鉄の方が、基礎生産において主要な化学種となっていると考えた。しかしながら、天然水中の鉄のほとんどは3価の状態で存在しているため、天然水中の極微量な2価鉄を測定する手法が必要である。 本研究では測定装置にエレクトロスプレーイオン化質量分析計(ESI-MS)を用いた。ESI-MSは、イオン化がソフトであるため、溶液中の化学種の溶存状態をある程度反映し、質量電荷比(m/z)によって化学種の分別と同定や、高い感度で検出できるといった特徴を持つ。したがって、これら特徴よりESI-MSが微量な2価鉄の測定に適していると考えた。これに、溶媒抽出法を併用することで、天然水の測定時に問題となる塩によるイオンサプレッションや2価鉄が極低濃度であることに対して解決策となることを期待している。今回のポスターセッションでは、2価鉄の抽出に最適な抽出条件や2価鉄錯体の安定性、3価鉄の影響について発表した。 今回の会場でのポスターセッションは残念ながら中止となってしまったため、自身の研究に対する鉄の専門家の方々からの反応や意見が得られず、非常に残念だった。ポスターのみで内容を見ていただくにあたって、ポスターに書いてあることに付け加えて口頭で説明することができないため、どういった構成、文章にすれば分かりやすく伝わるかについて努力を要した。しかし、このたび奨励賞をいただいたことで、これまでの研究活動での試行錯誤が無駄ではなかったことに嬉しく思うと同時に、今後の研究活動に対してこの評価に恥じないよう身が引き締まる思いとなった。 ・門脇優人様 (宇都宮大学 修士1年)
日本鉄鋼協会第179回春季講演大会の学生ポスターセッションにおいて、 「鉄鉱石中の全鉄定量に用いられる二クロム酸カリウム滴定法における予備還元操作の検討」というテーマで発表させていただいた。 鉄鉱石中の全鉄定量法は公定法としてJIS M 8212 に規定されている。この方法では、まず塩化スズ(Ⅱ)や塩酸を用いて鉄鉱石を溶液化する。この鉄鉱石の分解液には鉄が二価あるいは三価として存在しているため、酸化還元滴定により全鉄を定量するためにはあらかじめ鉄を全て二価にしておく必要がある。私は、この予備還元の行程に着目した。予備還元では全ての鉄を過不足なく二価にするために、先ず塩化スズ(Ⅱ)により大部分の鉄を還元する。次いで、残っている鉄(Ⅲ)よりも過剰の塩化チタン(Ⅲ)を加える。最後に、余剰となった塩化チタン(Ⅲ)を二クロム酸カリウムにより酸化する。JIS M 8212では、過不足ない鉄(Ⅱ)への還元を指示薬の変色により判断しており、この変色の判断には熟練を要する。しかしながら、この分析を精確に行うことのできる熟練技術者が減少していることから、将来的にはJIS M 8212を正確に行えなくなる可能性がある。 本研究では、JIS M 8212 の精確さを担保することを目的に、予備還元を含む二クロム酸カリウム滴定法において溶液内で起こっている化学反応について詳細に検討した。大気下での予備還元では、大気中の酸素が定量的な鉄(Ⅱ)への還元を妨害する。この妨害は、窒素通気を行うことにより抑制できた。窒素雰囲気下において実験することにより、Cr(Ⅵ)による余剰分のTi(Ⅲ)の酸化が著しく遅いことを見出した。一連の反応を電気化学的に追跡することにより、全ての鉄を過不足なく二価とする手法を確立した。電位の応答を通して反応を追跡するこの手法は、熟練を要することなく的確に予備還元を行うことができた。 今回の発表はwebによる審査であったことから、如何にして解りやすく伝えるかに重きをおいてポスターを作成した。特に、予備還元の反応スキームは色や帯の長さにより反応を直観的に捉えて頂けるように心掛けた。また、口頭による説明が出来ないことから、各図表に得られた知見を書き加えることにした。これにより、その図が示している内容を直接伝えられるようにした。 最後に日頃からご指導ご鞭撻を賜っております、上原伸夫先生、稲川有徳先生をはじめ、ご尽力いただいた関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。
・中川康太朗様 (茨城大学 修士1年)
日本鉄鋼協会第179回春季講演大会学生ポスターセッションにおいて「Bailey- Hirschの式における転位強化係数に対する結晶粒径の影響」という題目で発表した。金属材料の転位による加工硬化は一般的にBailey-Hirschの関係で整理される。一方、この関係式に含まれるαは転位強化係数と呼ばれ、0.1~0.4の定数として広い範囲で取り扱われている。転位強化係数には転位の状態や形態、またすべり系の多さなどが作用すると考えられている。例えば特定のすべり面のみが活動する六方晶金属では、転位の切り合いが生じにくくなるため転位強化係数は0.1となる。理論的な考察により、転位セル組織形態(cell wall/interiorの割合)、GN(geometrically necessary)転位/SS(statistically stored)転位の割合や転位の持つひずみ場も転位強化係数に作用すると推定されている。しかし、転位密度を精度良く求めることが容易ではなかったため、転位強化係数に作用する諸因子の影響は十分には議論されていない。 転位パラメータを定量的に評価するにはX線回折ラインプロファイル解析が有効である。ラインプロファイル解析は転位密度と共に転位性格や転位間相互作用の強さ(Md)を評価することができる。αは結晶粒径や積層欠陥エネルギーなど、様々なミクロ組織要素で変化すると考えられる。本研究では特に結晶粒径による加工硬化挙動の違いをX線回折ラインプロファイル解析から求められる転位パラメータの特徴から検討した。さらにEBSD(electron backscatter diffraction)からGN転位密度を評価し、GN/SS転位タイプによるαへの影響を明らかにすることを目的とした研究である。 本研究の成果として、結晶粒経が小さいほど、αが小さくなる傾向が認められた。このことから、結晶粒経が小さいほど転位増殖は進みやすいが単位長さあたりの転位強化は低下するという結論に至った。ポスター作成時にはこの原因について多くの人に理解していただけるよう図表を交え、分かりやすく伝えることを心がけた。当日のポスター発表は中止となったが、そこに至る過程での発表資料の準備や発表練習を通して、改めて自身の研究に向き合う時間が増え、よい経験となった。 最後に、このような貴重な機会を下さった日本鉄鋼協会の関係者の皆様、日頃からご指導いただいている佐藤成男教授、研究を進めるにあたりご助力いただいた多くの方々に心より御礼申し上げる。